小林正観さんの「運命好転十二条」でわかった私の今後の課題。

たまたまブックオフで見つけた小林正観さんの「運命好転十二条」という本。

小林正観さんの「さしすせそわか」で上がった掃除をするモチベーション。
ひょんなことから知った小林正観さんの「運命好転十二条」の「さしすせそわか」という言葉。この本を読んでからはネガティブな感情が出た時や集中したいときなど心の中で「ありがとう」と唱えるようになり、気持ちが切り替わって落ち着くようになったり、家の中の掃除も「ありがとう」を唱えながらすることで心を込めて掃除ができるようになりました。

この本を読んでいろいろと気づいたことがあり、気持ちがとても前向きになったので、

忘れないためにもその内容をまとめてみようと思いました。

12個ある項目を実践していって、「生き方が変わって幸せになった」という価値観に

変えていくことで、「運命が好転した」に結びつけていくといった内容です。

前回は第七条まで書いたので、今回はその続きの第八条から第十二条までを

まとめてみました。

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第八条「人に喜ばれること」

 第八条 

人間には「喜ばれると嬉しい」という特別な本能がある

神様は、動物には、「自己保存の本能」「種の保存の本能」の2つの本能を与えて、

「ヒト」には、3つ目の本能「喜ばれると嬉しい」という本能を与えました。

小林正観さんは、人より良い成績を残したり、人より良い業績を残したり、

そういうことが人生の目的ではなく、

「喜ばれる存在で生きること。そして死んでいくこと」

が人間として生まれたことの意味だと言っています。

自分が思う「喜ばれること」と相手が思う「喜ぶこと」が合致しない場合もありますが、

そこは試行錯誤をくり返していき、9割で「これは喜んでくれるだろう」

が当たるようになれば、仕事においても自分の使命が見えてくるそうなのです。

反対に、試行錯誤しても相手が「これは喜んでくれるだろう」がなかなか当たらない場合は、

「頼まれごと」だけをするといいらしいのです。

相手から「やってほしいこと」を言われるということは、

できた時には必然的に喜んでもらえます。

なので、「頼まれごと」を確実にこなしていくうちに

「同じようなことをよく頼まれる」ということに気が付き

それで自分の使命が見えてくると言っています。

そして、「頼まれやすい顔」になるように

悪口や愚痴は言わずに、楽しい話、おもしろい話、笑顔になる話をしていくと、

和やかな顔つきになる顔の筋肉が発達していき、いわゆる「和顔」になるそうなのです。

でもそれは即席で作られるものではなく、

日常的に発する言葉はそういったポジティブなことを言うことが大切だそうです。

反対に愚痴や悪口などネガティブなことを言った時に使われる筋肉も別にあって、

それを続けていると次第に「不機嫌な顔」になって、人が寄り付かなくなってしまいます。

「人に喜ばれること」を人生の目的として生きていくことで、

その結果として人間関係や仕事が潤沢になっていき、

結果的に「運命が好転した」ことになるんだろうなと思います。

そして、この内容は以前に書いた記事にとても類似しています。

「利他的な人」はなぜ「運のいい人」になれるのか。
「運のいい人」になるには相手のことを思いやる「利他的な人」になること。その理由は経済評論家の勝間和代さんが運営するサポートメールに京大大学院の藤井教授や心理学者リチャード・ワイズマン博士の理論に基づきながら書かれていて、それを読んで納得した私は利己的から利他的な思考に変えて「運のいい人」になろうと思いました。

第九条「言葉を愛すること」

 第九条 

「ありがとう」と言えば「ありがとう」と言いたくなる現象が降ってくる。

「言葉は現象化する」という宇宙の法則は、

肯定的な喜びの言葉を意識して発することで、

喜びの言葉がまた言いたくなるような現象が次から次へと起こるそうなのです。

この本の第七条に書いてあった「感謝すること」

「ありがとう」の言葉が全てを味方にし、人生を楽にする

これを読んで、嬉しいことがあった時はもちろん、

嫌なことがあった時も、ネガティブな感情を打ち消すように

「ありがとう」を心の中で呪文のように唱えるようになってから、

実際に気持ちがずいぶんに楽になってきたのは確かです。

そして風水を始めてからは、わが家に植物がたくさん増えてきたのですが、

その植物たちに触れる時はいつも「ありがとう」と声掛けしていると、

あまり日の当たらないトイレや玄関なのにイキイキと枯れることなく

育ってくれているのもそのおかげかなって思っています。

ただ、家族にはいい時には素直にポジティブな言葉を掛けることができるのですが、

良くない時にポジティブな言葉は不自然な感じで、まだまだ時間がかかりそうです。

口に出す言葉に魂が宿るという言霊のようなスピリチュアルな捉え方は

まだ少し理解できないのですが、先ほど書いたポジティブな言葉を発することで、

柔和な顔つきになり、それによって自分自身も周りの人々も笑顔になったり、

心が和んだりするのは納得できます。

ポジティブな言葉を掛けることで、いい人が集まり、いいことが起きて、

それによってさらにポジティブな言葉を発したくなるというのは、

考えてみればとてもシンプルな法則だと思います。

またこの本では、神仏に願い事をする時にも「○○になりますように」とお願いすると、

いつまでも「○○になりますように」を言わないといけない現象になると書いています。

なので、この時も願い事をするのではなく、

「神様、感謝します。仏様、感謝します。ありがとうございます。」と言うと、

次からはまた「ありがとうございます」と言える現象が起きると書いていました。

初詣の時に少しばかりの小銭を入れて、それ以上の願い事をしてきた自分が

とても恥ずかしくなります。

第十条「おまかせすること」

 第十条 

自分の思いを持たない。自分で自分の人生を勝手に決めこまない。

2500年前、お釈迦様は「生」「老」「病」「死」といった「四苦」のように

「苦」とは「思い通りにならない」ことを話されたそうです。

悩み・苦しみが多い人は「思い」が強いということなので、

悩み・苦しみをゼロにして楽に生きていきたいのであれば、

究極的な方法として「思い」を持たないことだ。がいいと言っています。

今、私が持っている悩みも確かに「思い描いていたことと違うもの」ばかりです。

「こうなればいいな。」といった「思い(期待)」があるから、

その結果がわかるまでは常に不安・心配がつきまとい、

そしてその通りにならないと落ち込んでしまうということを繰り返しています。

そんな「思い(期待)」をそもそも持たなければ、

そんな不安や心配、落胆などの気持ちを感じずに済むので、それは理解はできますが、

全く「思い」を持たずに何もかも「おまかせ」して生きていくのは

悩み・苦しみが消える前に「生きていくハリ」のようなものが消えてしまいそうなので、

私はある程度の「思い(期待)」は持ち続けていこうと思っています。

ただ、「思い(期待)」の深さというか大きさは、控えめにして、

「思い通りにならない」としてもそこで一喜一憂はしないことを心がけていきたいです。

第十一条「投げかけること」

 第十一条 

投げかけたものが返ってくる。投げかけないものは返ってこない。

笑顔に囲まれていたいと思うのなら、自分から笑顔を投げかけること。

不機嫌を投げかけていると、将来的に不機嫌に囲まれることになります。

「自分の人生が楽しくない。何も起きない。」と思うのは、

自分からは何も投げかけていないからで、

そういう人はまず「投げかけ」をしてみることです。

そして、ここではどういった「投げかけ」をするのかと言うと、

それは第八条にある「喜ばれるように生きること」にしていくことだと言っています。

相手から喜ばれると、本能で自分も嬉しくなり、次第に自分が喜ばれる存在になっている

ことに気づいたら、人生が楽しいものになっていきます。

そしてこの「投げかけ」を続けていくと、

今度は自分も喜ばせてもらうという状況になっていくというのです。

ただ、無理に自分の意思を押し殺してするものではなく、

自分が楽しいと思えて、相手にも喜んでもらえる「投げかけ」がいいと言われています。

結局自分から「与える」ことをしないと何も「得る」ものはないということ。

呼吸も息を吐かないと空気が入ってこないのと一緒で、

これもごく自然な法則なんだなって思います。

それなのに、私は自分がしんどいのに相手に喜んでもらえることなど考えられないし、

お金のことでもそうです。

お金が足らない時に、誰かにお金を与えるということはできません。

私もずっと「投げかけ」をしていなかったから、

いつまで経っても何かが足りないような、

いつも満たされない思いでいるんだなって気づきました。

今私にできる「投げかけ」が何なのかを一番に考えないといけないと思いました。

第十二条「食生活」

 第十二条 

お金があるかないかで生活スタイルを変えずに、普通の物を普通に食べる

江戸時代、水野南北という占い師が、何十年の観相学の中で至った結論が

「食生活」で、運が上向きになった時に贅沢な食生活に変わると必ず衰運になる

ということでした。

この結論は「万に一つの誤りもなし」という言葉を遺しているほどで、

どんなに自分の運が上向きになっても決して贅沢にならないという人は

必ずや興隆運になると言っています。

こうやって「質実剛健、質素倹約」を貫く人はお金があってもなくても

食生活を変えないのは、「謙虚さ」ということにつながるのかもしれないと書いています。

確かに贅沢でおいしい食べ物を食べすぎると健康には良くないので、

「体が資本」であるのに病気になってしまっては元も子もないということも考えられます。

もし食費のことを考えずにお買い物ができるようになったら、

私なら、きっと贅沢な食材を気にせずにどんどんと買ってしまうと思うので、

この言葉はきちんと頭の隅においておこうと思います。

十二条を守るために必要なこと。

以上、先日の記事と合わせて「運命を好転するための十二条」をまとめてみました。

十二条の項目を守るために必要なこと。

それはおそらく「感謝の気持ちを忘れないこと」だと思います。

感謝の気持ちがあってこそ「おかげさま」といつも謙虚な気持ちでいられて

自我の気持ちがなくなっていくと、それが当たり前のようにできる気がします。

そして前にも書きましたが、

結局は利他的な気持ちや行動が自分の運命を良くするものなんだなって思います。

ですが、その肝心な「感謝の気持ち」をずっと持ち続けることが

私にとっては本当に難しく、目の前のストレスにいちいち反応して、

感謝の気持ちどころか真逆の感情が条件反射のように芽生えてしまう方のがまだ多いです。

それでも一度に全部は無理ですが、ひとつずつそれを思い出して、

そんな負の感情をコントロールできるように工夫しながら、

徐々に運命は好転していけてると認識できるように生きていくことを

今後の課題にしていこうと思います。

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