「利己的」な考えを改めて「運のいい人」になろうと思う。

季節の大きな変わり目でもあるこの時期。

いつもなら体調や心の状態が不安定になったりしますが、今年は何となく安定していると

言いますか、大きなブレのようなものを感じることがなくなりました。

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うっすらと確立した自分のアイデンティティ。

昨年から今にかけて、子供のこと、夫のこと、仕事のこと、変化する自分の体のことで

いろいろと悩む時期が多かったのですが、その度に自分の気持ちを分解して、不要な感情を

断捨離して、整理していくうちに、気持ちに折り合いをつけるのが上手になってきた

思います。

具体的には、いろんな問題に直面しても、

目を逸らさずに関心を持って、

どう向き合っていくかを考えていき、

このブログを通してアウトプットして、

自分で読んでまた気持ちを整理していく。

というやり方を繰り返していくうちに「私らしさ」のようなものが見えてきて、

それが少しずつ固まってくると、何となく自分に自信ようなものがついてきました。

何度も出てきますが、ニューロロジカルレベルでいう

「自己認識(アイデンティティ)」がこの年齢になってうっすらと確立しはじめて、

それによって自分を取り囲む環境が変わっていくことも何となく実感しています。

ニューロ・ロジカル・レベルを自分に当てはめてみる。【息子の受験編】
息子のセンター試験失敗の後、気持ちを整えるために実践したニューロロジカルレベル。そこで息子の行動や世間体ばかりに意識を向けて、焦りと苛立ちで受験勉強をしにくい環境を私が作り出していたことに気づきます。息子が自分の決めた進路に進めるように私が心穏やかになるように自分自身に意識を向けていこうと思ったら心が軽くなりました。

ニューロ・ロジカル・レベルを使って娘の不登校と向き合ってみる。
高校一年生の娘が学校に行けなくなって1か月。そしてニューロロジカルレベルにたどり着き、調べているうちに娘を変えるというより、母親である私が変わらないといけないことに気付きました。まずはアウトカムを設定して、心と行動を一本化できるように試していこうと思います。

ただその反面で、今私に残された数々の問題が、自分が今まで生きてきた中での

「やり残していた課題」や「置き去りにした自分」が原因であることもわかってきました。

そして、これからはそれらを見過ごさないようにしていかないと

いつまでたってもその問題は解決しないし、また同じことを繰り返してしまいます。

そういった「やり残していた課題」や「置き去りにした自分」を私なりにあぶり出してみると

最終的にあるひとつの共通点が浮かび上がりました。

共通して言える私の問題点。

妻として、母親として、娘として、社会人として、その時々はいっぱいいっぱい一生懸命

振舞ってきたように思いますが、今になって思い返してみると至らないことばかりだと

いうことが思い知らされます。

そして全ての立場のにおいて共通して言えることはあきらかに私は

「自己中心的(利己的)」だったということ。

だから、自分の思うようにならないと不満に思ったり、不安になったり、愚痴をもらしたり

して、結局のところ、自分のことばかりに関心を持って、自分軸で周りの事象を捉えていた

ので、こうやって今のこの時期に「ミッドライフクライシス」などというものを感じざるを

得なくなったのかと思います。

先日の記事ではその「ミッドライフクライシス」によって、夫との関係性については

納得したものの、肝心の私のアイデンティティについては後回しになってしまったので、

ここでもう一度じっくり考えてみることにします。

「ミッドライフクライシス」をきっかけに私の問題点を断捨離する。
特に最近私が原因で「夫」との関係が険悪になることが多くなり、自己嫌悪に陥るばかりでしたがそれは中年期に訪れる「ミッドライフクライシス」が原因だったかもと思うと気持ちがすっと楽になりました。今まで見えていなかった見てこなかった自分の課題や問題点をしっかり見つめなおしていき、家族との関係性や今の悩みを改善できるように努力していこうと思います。

「利他的になる」はかなり難しい?

50歳を目の前にして、今自分はこうありたい、こう生きていきたいというものを

確立していけたらなあと思います。

それには、まず「自己中心的(利己的)」な自分を変えるということが

絶対的条件になります。

「利己的」の対義語は「利他的」というのですが、

では、基本的に「利己的」な私がどうやって「利他的」な人間になれるのか。

自己啓発の本や新聞のコラムにも「人の幸せを願うと、自分も幸せになる。」みたいなことを

よく目にするので、この課題については今までも時折考えることがありました。

ですが、私は「人の幸せを願う⇒自分の幸せにつながる」というのは、

利他的な行動を装って結局のところ心の奥底では利己的なことを考えているのではないかと

思ってしまうのです。

また私はバカ正直なので、言葉や行動では「あなたのことを一番に考えているのよ。」と

示してみても、それが上っ面であるとおそらく相手に見破られていると思います。

少なくても家族にはそうだとよく言われます。

そうなるともう私の性根を入れ替えないといけなくなり、かなりハードルが高い課題

になってしまいます。

「私も利他的になれるかも」と思えたきっかけ。

どうしたものかと思いながら、また「利他的になる」ってどういうことなのかを

調べてみたら、今回初めて経済評論家の勝間和代さんのオフィシャルサイトに

たどり着きました。

そのサイトの中に、一つのテーマに絞り一週間にわたって勝間さんのコーチングメールが届く

という「サポートメール」といって、月額1008円で受けられるサービスがあります。

それのサンプルとして「運のいい人になりたい!!」というテーマで

「利他性」について書かれていたのですが、それが何とも納得できる内容だったのです。

「運をよくする」という興味深いテーマで、そのキーワードとして挙げられていたのが

「利他性」という言葉です。

ここでは「利己的な人」と「利他的な人」の運気の違いについて書かれているのですが、

人間というものは「自分にとって害をなさないか、できれば得になる人」を見抜く能力が

あるので、最終的には「利他的な人」を選んで一緒に行動して、協力し合うことにより

良い結果を生み出し、その結果、運気が上がると言うのです。

そうなると、「利他的な人」を選ぶというのは、結局のところ自分に協力してくれそう

だからといった「利己的」な考えがあるからだと思ってしまうのですが、

勝間さんはこの部分をズバリと次のように述べています。

「GIVEの5乗は実は究極の利己発想」

とにかく機会があれば人に貢献しておく(GIVE)と、いつかどこかで自分に返ってきて、

まさしく「運が良くなる」ので、やっておくに越したことはないと言われています。

「利他性=究極の利己性」

ここまではっきりと理論的に書かれていたら、私自身とてもすがすがしい気持ちになり、

「私も利他的な人になれるかも」と思えてきました。

これから「利他性」と「利己性」の違いについて、じっくりと調べていって、

自分の問題点を改善しながら、残された周囲の問題点もクリアしていき

「運のいい人」になれるように、努力していこうと思います。

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