中学3年間不登校だった娘の高校生活。

中学のほぼ3年間不登校だった娘でしたが、受験直前になってなんとか頑張ったおかげで

希望していた美術コースある高校に入学することができました。

中学3年間不登校だった娘の高校受験。
中学の3年間不登校だった娘。その間私は娘には何も言わずにPTAに参加したりして、先生方との関係性を深めてきました。受験生になり、担任だった美術の先生の影響で高校で美術の勉強をしたいという気持ちになり、約2か月で受験勉強をして、何とか無事に合格しました。課題はまだ山積みですが、引き続き見守ろうと思います。

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中学3年間不登校だった娘の高校生活。

高校生になるといきなり電車通学になるので、駅までは自転車で家を出るのも

7時半まででないと遅刻してしまいます。

こうやってガラリと変わる生活環境のなか、普通の学生さんでもぐったりと疲れてしまう

はずですが、ほぼ3年間ろくに外出も人付き合いもしていない娘にとっては、

あまりにも過酷な環境の変化でしかありません。

ですが、自分で決めた高校進学だったので、どうにかがんばりたかったのだと思います。

朝は6時半に起きて、朝ごはんをしっかりと食べて、決して機嫌よくではなかったにしろ

「行ってきます。」と言って登校できるようになりました。

私はと言うと、入学式の日に担任の先生と学年主任の先生には娘のことをしっかりと理解して

もらえるように中学時代のことや家での様子を細かくお話ししておいて、その後もなにか

変わった様子があったら、こまめに電話連絡するようにしていました。

少しずつ先生方とも信頼関係が築けるようになってきて、学校側も本当に親身になって娘を

気遣ってくださり、娘も私も感謝の気持ちでどうにか過ごしていました。

授業の方は英語はまるっきり勉強していなかったので、ちんぷんかんぷんなのはしょうがない

のですが、出される課題はどうにかこうにかごまかしながらも提出していたので、

欠点は免れて、なんとか無事に1学期を終えることができました。

張り詰めた緊張の糸がもろくなってきました。

夏休み明けすぐには文化祭があって、美術コースらしく演劇の背景を任されたりして、

休みの間もちょこちょこと登校して、その準備を進めていってました。

中学では経験しなかった文化祭を経験して、楽しそうに高校生活を過ごしていたように

見えていました。

ですが、文化祭を境にまた休みがちになり、登校できたとしても帰ってきてから、ごはんも

食べずに朝までずっと眠ったままで、しんどそうな様子が痛いほど伝わっていました。

担任と学年主任の先生に相談して、体や心の状態に合わせながら、遅刻や早退をしながらでも

とりあえず登校できるように配慮してもらったりして、短い時間でも一回でも出席できるよう

に努力はしていましたが、何日か続けて休んでしまうと、張り詰めた糸がプツンと切れて

しまうように学校にいけなくなって、3週間になろうとしています。

2学期は中間テストも期末テストも全く受けられず、課題も提出できていないので、先生も

評価のつけようがなく、おそらく全教科欠点だろうなって思います。

どうしようもできない心と体のバランス。

本人もそれは自覚しているので、「留年して、もう2年生になれないかもしれない。」

と言うようになり、私は「だったら少しでも学校に行けるように前進してみよう。」と

言ってみても、娘は「頭では学校に行きたいと思っていても、体がいうことをきかない。」

言うのです。

こんなに苦しい思いをするのなら、高校を辞めたらいいと思うのですが、

本人は今高校を辞めてしまうと本当に自分はダメになってしまうと思っているので、

私ももうそれ以上何を言えばいいのかわからなくなり、とにかく今は毎朝学校に欠席の連絡を

することしか私にはできません。

高校は中学のように義務教育ではないので、進級するかどうかは本人次第。

ここは少しだけでもいいので、勇気を持って壁を乗り越えてほしいと思っていますが、

娘もわかっていながらそうできないジレンマで苦しんでいるのを見て私も辛いです。

娘の人生であって、私たち親の思う通りにはできないことは十分にわかっていますが、

何か解決する方法はないかと模索しながらも、一方では極端な話

もう生きているだけで十分だと自分に言い聞かすようにして、超訳ブッダの言葉でも

書かれていたように、まずは「自分の心とわたり合う。」ことを最優先にして、

大げさかもしれませんが、今はきつい修行だと思って過ごしていこうと思っています。

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